CHOP完結編(1) またCHOPに行ってきた。
こんにちは。
今回は、2回にわたって書いてきたCHOPについてまとめたい。(訳あって投稿が遅れてもうた)
なぜまとめないといけないかというと、7月1日にシアトル警察がジェニーダーカン市長の指示のもとで、CHOPの強制撤去を行ったからだ。だから、私はとりあえずCHOPは終わったのだ、と理解している。また、「強制」と書くと語意が強まるけど、正直こうなることは時間の問題だと、みんな思っていた、と思う。
そして、なんでCHOPの撤退が時間の問題だったかというと、
6月19日、CHOP内で19歳の青年が銃殺された。もう一人も負傷。(深夜2時半ごろ)
6月29日、CHOP内で16歳の少年が銃殺・14歳の少年は重篤な状態。(深夜3時ごろ)
10日で2名の死者の出たCHOPで、警察が何もしないということに憤慨する人々の声が上がった。警察が入れないということが、その地域を無法地帯にしているのではないか?市民がそんな考えに至るのは当然だ。昨日ちょうど通りかかったので、車から撤去されたCHOPの姿を納めてきた。
公園内の建物はある程度綺麗に塗装がされた。警察署にスプレーされたグラフィティも半分程度は綺麗に消えていた。日常に戻ったキャピトルヒルにはもちろん警察の車が停まっている。
綺麗さっぱりCHOPは「なくなっていた」。具体的には、
泊まり込みの人々のテントがない、晴れているのに訪れる人がいない、壁・建物のグラフィティがない、無料で食べ物が提供される生協のテントがない。まるで一つのショーが終わったような、さびしい気持ちになった。
物理的にCHOPがCHOPであった印が消えた今、人間がキャピトルヒルでどんなことが起きていたかを忘れるのはあっという間だろう。だから、覚えているうちに考えて言葉にして残しておく必要があると思う。
なので、ここで、CHOP終わったな〜ではなく
CHOPってなんだったんだろう?てことを考えておきたい。
具体的に考えられるように、3つ、考える課題を用意した。
・CHOPは何を目的にしてたんだろう
・CHOPは何を達成したんだろう
・つまり、CHOPは〇〇だ
・・・とここでCHOPで活動していた人のインタビューを載せるつもりが、質問への返信がなかなかこない。 ということでインタビューはまた別の記事にしようと思う。
とりあえず、CHOPはこんな様子になったということを早く載せておきたかったので今日はここまで。連絡がつき次第、必ず書きます!
→次回に続く
読んでいただいてありがとうございます。
また読みにきてください!
参考
Another Fatal Shooting in Seattle’s ‘CHOP’ Protest Zone - The New York Times
Seattle CHOP 'autonomous zone' cleared away by police officers - Insider